ずっと以前、小学生で亡くなった男の子の遺骨が、いつまでも置かれている家に行ったことがあります。本来は四十九日を過ぎれば取り払われるはずの、中陰棚という二段の祭壇が三回忌をとうに過ぎても居間を占領して、山ほどのお供え物が積み上げられていました。
気持ちは分からないでもないのですが、正直に言って鬼気迫るものを感じました。 子を失った母親の、悲しみと苦しみ、そして執着がコールタールの様なペットリとした濃さで染み着いて、そばにいるだけで息苦しくなるほどでした。
何より悲しかったのは、この母親が全く救われていなかった事です。 時がとまったかのように、いまだに生々しい痛みの中で悶え苦しんでいる・・それでは、子供も救われません。
悲しむなとは申しません。子供を忘れる必要もありません。ただ、愛すれば愛するほど、絆が深ければ深いほど残された者が生き地獄では、亡き魂も地獄に引きずり込まれかねません。
人間の遺骨は四十九日までに納骨したほうが良い(多少遅れても、べつにタタリはありませんが)といわれるのは、こうした事態を避けるためでもあります。一度少し離れて、心を落ち着かせる必要があります。
ペットも単なる動物ではなく、家族だと思われているなら、基本的には同じにしたほうが良いと思います。 飼い主自身の幸福と心の安定が、大切な供養でもあります。
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